鍼灸接骨院(12)名物お婆ちゃん
私が分院長をしていた頃、毎日接骨院に来る名物おばあちゃんがいた。
私が分院長で配置されるずっと前からその接骨院に来ている。
いつも右手首に包帯をしている。
年齢は、もう80才は過ぎていた。
お年寄りには珍しく夜更かし朝寝坊の生活で、いつも午前の診療の終わりに来ていた。
毎日来て、愛嬌ある性格でスタッフから
「Mちゃん、Mちゃん」
と可愛がられていた。
そんなMちゃんと、ある日お昼を他の先生達と一緒に食べに行った。
いろいろ身の上話を聞いていると、50才の時、旦那さんに先立たれ、それからずっと一人暮らしをしているそうだ。
接骨院は、それから2年後くらいから来ていると言う。
「へーそうなんですか。」
と聞いていたが、
ん?
「初めて接骨院に来たのは何でですか?」
と聞くと、
「手首が痛くて来たんだよ。」と。
「え!まさか、その時から手首が痛いのですか?」
と聞くと、なんとそうらしい。
病院でもいろいろ検査し、軟骨を損傷していると診断されたそうだ。
病院では治療がないと言われたらしい。
「じゃあ、30年間ずっと手首に包帯してるんですか?」
と聞いたら、そうだと言う。
確かに手首を治療する時に包帯を取ると、手首だけ日焼けしていない。真っ白である。
Mちゃんの手首の病名は、手首の外側、小指側の軟骨を痛める
「三角線維軟骨損傷」(TFCC) であった。
これは、非常に治りが悪いので有名である。
外傷や老化でも起こる時がある。
もともと血流が良くなく、回復しにくい箇所である。
当時の私は、痛い箇所に電気(低周波)をしたり、マッサージしたり、鍼することしかできなかった。
今だったら手首に関連する関節の調整するだろう。
手首が治らない人に共通するのは、肩甲骨や首の前の筋肉が硬くなっている。
そして、肩が内に巻いたようになっている。
今思うと、Mちゃんも肩が内に巻いたようになっていた。
ただ一つ気になるのは、旦那さんが亡くなった後に接骨院に来て、それからずっと接骨院に来ていた事だ。
スタッフから「Mちゃん、Mちゃん」と可愛がられ、毎日接骨院に来て、よくスタッフと昼食を食べに行っていた。
そんなMちゃんの手首は、今思えば、治らないのではなく、治りたくない手首だったのかもしれない。
手首がなおってしまったら接骨院にくる必要がなくなってしまうから。
そんなMちゃんは、私の思い出に残る患者さんの1人である。
最近のお婆ちゃんは皆、若くオシャレでMちゃんのようなお婆ちゃんらしいお婆ちゃんは少なくなった。