鍼灸修行⑦硬物通し
G鍼灸院でバイトするようになり最初は左手の修行が命じられた。
1ヶ月ほどすると、ぎこちないが左手を使っての食事、文字を書くなどできるようになった。
左手が使えるようになった頃、G先生から施術で使っている鍼を1本渡された。
鍼は寸6の3番。一般的な施術に使われている鍼だ。
「本当は銀鍼が良いのだけれど、ないのでこれで練習しなさい。」と言われ練習方法を教えてくれた。
練習方法は、
①鍼を鍼管に通す練習。右手のみで行う。まずは鍼を手に馴染ませる練習。「片手送管」と呼ばれている。
②枕などの柔らかいものに刺す。鍼を持つ手の形を覚える練習。刺しやすいものに刺す。
③少し硬いクッションなどに刺す。「燃鍼」と呼ばれる鍼を捻りながら入れていく技術をら使う。
④桐の板に刺す。
⑤ベニア板に刺す。
⑥将棋盤に刺す。
⑦動物に刺す。この時、動物を痛がらせてはならない。左手の押手(鍼管を固定)と刺す手のバランス、圧度の練習。
⑧自分に刺す。
⑨他人に刺す。
以上、できたら次に進むというものだ。
またG先生に言われたのは
「鍼をお守りの様に財布にでも入れて持ち歩きなさい。鍼の練習は最低1ヶ月は毎日休んではいけない。10分でよいから手が覚えるまでは続けなさい。」
と言うものであった。
私はその日以来、愚直に毎日鍼を練習した。
「先生は10分と言ったけど、倍やってやろう!」と毎日20分練習した。また練習してると夢中になり1時間近く練習した日もあった。
③まではことは簡単だったが、④からは難しく、特に④のベニア板は鍼の繋ぎ目が取れてしまうことが多々あった。
⑥の将棋盤は飛ばした。将棋盤が無かった。
⑦は犬を飼っていたので恐る恐るやってみた。犬は特に痛がる様子もなく「何してるの?」って顔をしていた。
⑧は自分の足に刺してみた。神経にあたると響くのを感じた、
⑨他人に刺したのは鍼灸学校に行ってからだったと思う。
G先生は「最初は毎日やりなさい」と言っていたが、今考えると毎日が大切なのが分かる。
パソコンでも毎日使っていると、文字の場所を手が覚えて自然にキーボードを見なくても打てる様になる。ブラインドタッチというやつだ。
まずは最初は手に動作を覚えさせるのが重要なんだろう。それにはやはり1ヶ月ほどかかるのだろう。
そんな感じでG先生の言っていた練習をしたが、鍼灸学校に行ってから知ったのだが、このような練習を「硬物通し」という。
鍼灸学校では専用の鍼練習枕があり、それで練習した。枕には硬さが4段階あった。
鍼灸学校の先生が1番硬いところを指差し
「ここ刺した生徒は10年間見たことない。」
と言っていたが、私が1分かからずそこに刺してしまった。
先生は驚いていたが「当たり前じゃん!練習量が違うんだよ。」と私は内心思っていた。
なかなか上記の様な硬物通しを真面目に練習している生徒はいなかっただろうし、そもそも練習方法を知っている生徒はいなかっただろう。
ちょっとした自慢だが、鍼の実技試験の時も先生に
「君、上手いねー。」と直接言われた。
実技試験中は話す様な雰囲気ではないので、言われた私も驚いた。
これはG先生の修行と陶芸の技術もあると思う。
陶芸のロクロでは手は一度固定したらブレてはいけない。
ブレると形が歪んでしまう。ロクロも不思議なもので最初は歪んでできないのが練習すると歪まないで作れるようになる。
そして、そのロクロを使う手の形と鍼の手の形が似ている。
私の鍼の手は全くブレず、りきみもなく鍼を刺した為に先生に褒められたのだろう。
また就職してからは、私の鍼を刺す様子を同僚が見て「なんか高橋先生の鍼を打つ姿は美しいよ。」と言われたことがあった。
今は鍼もステンレスの使い捨てになり非常に刺しやすくなったが、鍼の技術は今も活かされていると思う。
ちなみに、私が修行した当時はまだ使い捨て鍼ではなく、使ったら滅菌器に入れて繰り返し使っていた。
なので真っ直ぐな鍼はほとんどなく、蛇行した鍼が多かった。が、G先生は「こっちの方が刺しやすい」と言っていた。
鍼が使い捨てでなかったため、G鍼灸院の朝は1000本位の鍼を消毒綿花で伸ばす作業から始まるのが日課だった。
つづく。